民俗芸能の習得と伝承は、青年宿等において寝食を共にしてなされる先輩から後輩への一種の社会教育的試練の場であった。芸能は集団を融和させる とともに、集団の社会教育にも大きな役割を果たしてきたのである。 しかし、今日の科学の発展は人々の価値観を大きく変えた。人々の神仏に対する信仰心は薄れてしまった。また、青年の民俗芸能離れがすすみ、かっ ては女人禁制であった民俗芸能も存続のためには止むを得ないこととして、積極的に女性にも参加を呼びかけている。古代より人あるところに必ず祭事はあった。自然の猛威(日照り、少雨、多雨、疫病、虫害、冷害など)の前には、人は無力であるが故に神仏に頼る より(現代においても、人は科学の力ではどうにもならない事象には、神仏にすがることも多々あるのは事実ではあるが)術は無かった。 日々の平和で順調な生活を保とうとする願いは、神仏への祈りとなり祭りとなったのである。 「芸」とは「わざ」のことである。この「わざ」は、人々がその願いを叶えてもらおうと、神霊を招いたり、神霊に刺激を与えたり、神霊を鎮めたり した。その為に考えられたものである。このように民俗芸能は、深く信仰に根ざしている。 民俗芸能は、非日常的な状況のもとで、語ったり動作をしたりして、その身ぶり手ぶりに一定の形式が出来上がり、これを見ている人々にも感動をあ たえる工夫をこらしたものである。 これらがくり返し伝承されていく過程で、ある民俗芸能(神楽等)では才能を備えた芸達者や専門家に委ねられていく事が歴史的変遷の中に生じてき た。これらの者が行うほうがより強い感動を人々に与えるからである。 本来、何人も神々の「わざ」をまねる技能を持っていたにもかかわらず、次第に演者と観客の立場に分かれるに至ったのである。民俗芸能は祭りや年 中行事などの「ハレ」の日に行われるのを常とする。古来、農耕生産を生活の基礎としていたわが国は、特に稲作を中心とし祭りと民俗芸能は密接に 結びついた。例えば、正月は当年の豊作を予め祝福して祈願する予祝的な芸能が多い。夏は田植えや、雨乞いなどが多いが、この時期は疫病の発生や 流行ともつながり疫紳祭りに関する民俗芸能も見逃せない。秋は収穫感謝の祭りに伴う芸能が、冬は穢れをはらって身を清め、魂の復活をはかる神楽 などの民俗芸能が多い。 このように四季の折り目折り目に毎年繰り返して行われる民俗芸能は、農耕生産と結んで日本人の季節感にも大きな影響を与えている。 ところで、日本各地の民俗芸能を支えているのは、ほとんどが青年層である。昔は村に生まれた青年が、芸能に参加する資格を得て始めて一人前の男 性として地域社会に認められるということが多かった。
奥羽地方の山伏神楽・番楽、伊勢の太神楽などがこれに属する。 巫女(みこ)神楽 巫女が鈴と扇または榊の枝を持って舞う神楽。全国各地の神社で行われている。 [田楽系統] 五穀豊穣を祈願して行う田に関する芸能である。 田遊び(たあそび) 正月に一年の田づくりの全作業やその一部を歌と身振りで物まねし、当年の豊作を祈願する予祝的な芸能。御田・春田打・春鍬などとも言う。 田植踊り(たうえおどり) 花笠をつけ美しく着飾った早乙女たちが、農作業の様子や田植えのさまを演じる。エンブリ・早乙女踊りとも言う。東北地方に広く分布している。 民俗芸能は概ね5種類(神楽系統、田楽系統、風流系統、外来系統、祝福芸系統)に区別される。以下に順に説明する [神楽系統] 神楽は神座(かむくら)が語源だとされる。すなわち神聖な場所に神座を設けて神をお迎えし、その前で「清め・祓い鎮魂」をして、人間の生命力の 復活をはかり、長寿を祈る芸能を行うものである。 採物(とりもの)神楽(出雲系神楽) 舞人が手に鈴・扇・榊・剣・弓・幣などの採物を持って舞う神楽のこと。岩戸神楽・神代神楽・太々神楽などで全国的に分布する。出雲の佐陀神社の 御座替神事における七座の採物舞と神能に代表されるので出雲系神楽と分類されることあり 湯立(ゆだて)神楽(伊勢系神楽) 神座の近くに釜で湯をたぎらせ、その湯を神々に献じるとともに、人々にふりかける事により、穢れを祓い清め、魂の再生をはかる神楽のこと。この 神楽は旧暦の11月(霜月)に行われたことから霜月神楽とも言う。また伊勢神宮では古くから巫女が湯立神楽を行った(現在は廃絶)が、それが各 地の神楽に影響を与えた。この湯立を主とする神楽の系統を伊勢系神楽とも言う。 獅子(しし)神楽 獅子頭をご神体として、村々を訪れて獅子舞を舞い、悪魔祓い・火伏せ・息災延命などを祈祷する神楽のこと。 田植神事(たうえしんじ) 田植え歌や歌舞芸能に囃されて、実際に田に苗を植えたり、その真似をしたりしながら豊作を祈る。 田楽躍(でんがくおどり) この田楽躍は中国から入ってきた芸能の1つである。豊年予祝や悪霊退散の意味がわが国の祭礼と結合し、各地に伝わっていった芸能である。 [風流系統] 風流とは雅やかなもの、風情があるものという意味である。中世以降は、意匠を凝らした作り物や、きらびやかに飾った練り物、さまざまな仮装行列 ・お囃子、華やかな集団的な舞踏などをさすようになった。 念仏踊り(ねんぶつおどり) お盆や仏事などに死者や祖先の霊を供養するための踊りであって、念仏や和讃などを唱えながら踊る。これに種々の芸能が加味されていることが多い 盆踊り(ぼんおどり) 主に盂蘭盆時に踊る集団舞踏である。盆に帰ってきた精霊を慰めるために老若男女を問わず踊られる。 太鼓踊り(たいこおどり) 背に幣束などを負い、腹に太鼓や鞨鼓をつけてこれを打ちならしながら踊る。 獅子舞(ししまい)・鹿踊り(ししおどり) 腹に鞨鼓をつけた一人立ちの獅子が数頭出て、歌にあわせて鞨鼓 を打ちながら舞う。関東は一人立ち三匹獅子舞が多い 頭に被くものは獅子、鹿、猪、竜などがある。 小歌踊り(こうたおどり) 小歌にあわせて大勢が輪になったり列になったりして踊る。 仮装風流(かそうふりゅう) 虎・蛇・狐・鶴・鷺などの動物に仮装して踊ったり、仮面をつけて行列するものがある。 棒踊り(ぼうおどり) 悪霊退散の意味を込めて棒を打ち合わせて踊る。 [外来系統] 6,7世紀中国から渡来した伎楽・舞楽・散楽などの芸能とその影響を受けた芸能を言う。 舞楽(ぶがく) 舞楽は、奈良・平安時代に宮廷の儀式や大社寺の祭りに行われていた。これが各地に広まり今日でもお社寺の祭礼に行なわれている。