大行灯 赤城大神社 点灯された大行灯

<無形民俗文化財情報>

<名称>下田野あんどんまち(しもだのあんどんまち)

<種別及び指定日> 皆野町指定無形民俗文化財(指定日1984年4月1日)

<所有者・管理者>赤城大神社、あんどんまち保存会

<問合せ先> 皆野町役場 TEL 0494-62-1230   Fax 0494-62-2791

<出版物>「皆野町の文化財」 皆野町教育委員会発行

   

<公開情報>

<公開日>毎年3月第3日曜日(本宮)とその前日(宵宮)

<公開地>埼玉県秩父郡皆野町大字下田野 赤城大神社及び周辺で公開、3月第3日曜日は境内の神楽殿で神楽もある

<公開時間>午後5時頃より午後8時頃まで

<交 通>秩父鉄道、親鼻駅下車、徒歩20分

<高 速>関越自動車道、花園ICで下りる 国道140号を西に  国道140号親鼻駅近くのガストから下田野方面へ

<駐車場>赤城大神社周辺に駐車可能、下田野公民館周辺にも駐車可能

<食 事>下田野公民館でトン汁の奉仕がある、有料であるが焼きソバもある

下田野公民館は、運動公園の裏手にあって、赤城大神社から徒歩5分程度である。地域の人はここに集まっている。

<温 泉>神社のすぐ横にある

<宿 泊>調査中



<下田野あんどんまちの内容説明>

 
今を去る事、四百余年、時代は戦国の世であった。当所の龍界(りゅうがい)山頂には龍界城があって、鉢形北条氏邦(小田原城主

北条氏康の三男で上杉謙信や武田信玄と戦いながら領土を広げるとともに、軍事力の編成、農民統制、殖産興業、丈国経済の発展

にも力を注いだ知将であった)の臣、用土新左衛門(ようどしんざえもん)が城主でありました。

今は前山と呼んでいる地に館を構え、この地方一帯を支配していました。内室の西福御前の死去にともない寺を建て、要害山西福寺

と称したと伝えられています。

この地域は甲斐の武田勢に対する要害の地で、鉢形北条氏邦の鉢形城の支城として城峰、高松、龍ヶ谷(用土新左衛門が造営)、天

神山、波久札などのたくさんの城がありました。

永禄十二年(1569年)に甲斐の武田信玄の勢が西上野より秩父地方へ乱入し城は攻められたが、激しい防戦で三日間で武田軍は攻

城をあきらめたといわれている。

一方、下田野の小字「戦場」において、鉢形北条の勢と武田信玄の勢が激しくぶつかり、たくさんの死傷者が出た。その討死した将兵

の御霊を弔って元亀三年(1572年)に西福寺において、境内の大樹より高く竿を立て、それに灯籠を掲げ、下には多くの行灯を燈して

お祭りをしたという。

その後、今から350余年前、江戸時代の初め元和年間に高灯籠がおりからの強風によって落ち、その火が元で西福寺が焼失してしま

った。寺は現在の地に再建され田谷山西福寺と称し(現在は山号を田野山と変更)、以後は高灯籠を掲げる事はなくなったが、108灯

の行灯のみを燈すようになったという。この頃、近くの赤城大神社の祭礼もこれと同時に行うようになった。

以後、ますます行灯の数は増え、西福寺より赤城大神社に通じる2つの道筋には、200を越えるともし火となった。明治の世になり、明

治2年に出された神仏分離の法令により、あんどん祭りは西福寺から離れて、赤城大神社の祭礼となった。

以来、脈々とこの「あんどんまち」は伝承されてゆき、今では行灯の数は300を超えるようになった。

あんどんは、大行灯と小行灯の2種類がある。大行灯は5つで、辻の要所に立てられる。小行灯は先に記したようにその数は増えてい

るが、行灯に描く絵は、昔は専門の絵師や絵が上手な古老達の手で描かれた。しかし、今日、小行灯の絵は、子供達に頼っている状

態である。

この祭りは、春の彼岸の行事である。とりわけて賑やかさはない。ただ、行灯のほのかな光を死者への餞としてささげる静かな行事であ

る。

日が落ちてあたりが漆黒の闇に閉ざされる頃、1つまた1つとあちこちから浮かび上がる行灯の明かりは、討死した将兵に、各々の祖先

の御霊に平和と息災を願うともし火となって、下田野の里を明かりの輪で結ぶのである。



<NIA取材記>

  「下田野あんどんまち」は、2007年3月17日にビデオ撮影を行った。

 当日は、3月とも言うのに朝から小雪がちらつき強風が一日中やまなかった。

午後3時過ぎにやっと現地に着いた。途中3箇所で道を尋ねたが容易に神社を見つけることが出来た。

神社は道を挟んで運動公園と反対側にあった。早速行ってみたが寒いせいか誰もいない。ただ、大行灯が鳥居と平行に据えられて

いるだけだった。

神社関係者の人に内容を取材した。明日の日曜は、境内の神楽殿で神楽があるが指定文化財ではないそうである。

祭り関係者は、下田野の公民館にいるからそちらに行くように勧められた。車で移動したが、公民館横の運動公園に数台の駐車場

があったので、ここを拠点としてビデオ撮影を行った。

大行灯は、神社に1個、前山道に1個、運動公園に2個あり、小行灯はあちこちに列を成して取り付けられていた。赤城大神社への2

つの道筋に掲げられた行灯は、保存会の話によると300余個はあるそうである。

おりからの強風にビデオカメラがひっくり返りそうになるのを必死に押さえ、寒さを我慢して撮影を行った。

後は日が暮れてからの淡い行灯の灯を撮影するだけだ。公民館の方に行ってみると保存会の皆さんが、焼きソバを作ったり、焼き鳥

を焼いたり、綿菓子やポップコーンを作ったりと忙しそうであった。保存会長さんを始め、取材に応じていただき大変参考になった。

また、焼きソバや焼き魚なども頂き冷え切った体に温かみが戻った。大変ありがたかった。

行灯の火入れは強風の為、中止となったのは残念であったが、運動公園にある2基の大行灯に特別に火を入れていただき撮影でき

たのは幸いであった。あわせて感謝申し上げたい。

やはり、前山道の山道にならぶ無数の小行灯の灯がゆらゆらと燃える有様は是非撮影してみたいと思う。


 「人の情けに感じては 行灯の灯ゆらゆらと 下田野の里に 彼岸またくる」                 理事長 


小行灯 前山道に掲げられた行灯 小行灯
無断転載を禁じます
取材日:2007年3月17日

動画は Windows Media Player でご覧いただけます

動画と音声は、自動的にスタートしますが、容量が大きいので30秒程の

時間が必要です。先に下の文化財内容説明をご覧ください。

公開日時は、変更になることがありますので

事前に確認されてお出かけ下さい。