妙見宮社殿 妙見寺の門前に集まった七人 二十三夜塔の前に安置された蛇頭

<無形民俗文化財情報>

<名称>稲城市百村の「蛇より行事」(いなきしもむらのへびよりぎょうじ)

<種別及び指定日>東京都指定無形民俗文化財(指定日1992年3月30日)

<所有者・管理者>妙見寺(みょうけんじ)

<問合せ先> 妙見寺 TEL 042-377-6324

   

<公開情報>

<公開日>毎年8月7日

<公開地> 東京都稲城市百村1588、妙見寺境内社妙見宮の境内

<公開時間> 午前8時頃から、北斗七星になぞらえた七人に、お札を授ける儀式が妙見寺寺門前で行なわれる

         午前9時頃から、妙見宮茅場で茅の刈り取りが、七人の北斗七星によって行われる

         午前10時頃から、茅を広場に上げて、一握りほどの太さの茅束を200束〜300束ほどつくり、天日干しする

         午後2時頃から、たくさんの村人が集まってきて、胴体、上顎、下顎、舌、角を茅束でつくる

         午後3時頃から僧侶の読経が始まる(神仏混淆の有様がよくみえる)

         午後3時30分頃には、蛇頭が出来上がり、胴体と合体され、開眼供養の後、蛇の尾部は妙見宮社殿まで、参道に沿っ

         て参観者全員の手によって安置され行事は終る

<交 通>京王線・稲城駅、徒歩4分   JR南部線・稲城長沼駅、徒歩25分

<駐車場>妙見寺の無料駐車場(10台程度)がある

<食 事>弁当持参が良策

<温 泉>調査中

<宿 泊>調査中



<蛇より行事の内容説明>

(妙見様とは)

 妙見尊は、昔から国土擁護・豊年・酒造・計量・運勢・富貴寿命の守り本尊として、今でも全国各地に「妙見」という名がついた 宮・

寺・山・神社が無数にあることでも自明なように、広く日本国中で信仰されている。

大江匡弼が書いた「北辰妙見菩薩霊応編」によると、

 『北辰妙見は、「太一北辰尊星」と言って、諸々の星の上首で、また、「天御中主尊・国常立尊」とも言って、神仙の始祖、菩薩中の最

上であり、ならびに、太一上帝卜筮占の儒教の家では、「大極元神」と尊崇している』という。

 ところで、天皇家では、毎年正月元旦、天皇が寅の一点の「北辰尊星」」を御拝し、御燈を奉られたこともあり、昔は、日本中、皆、

「北辰尊星」へ御燈を神供して、天下泰平・五穀成熟・祈願成就・富貴万福・如意吉祥を祈念した。

それは、妙見尊が国土擁護・災害滅去・国難排除を誓願とされることにもよる。また、北斗七星と成り合せ、「妙見菩薩」となることにも

よるのである。 

京都の三井寺では、「尊星王」と呼び、北斗法と同一として、最大の秘法とされていた。東寺では、「妙見菩薩」といって、天災地変・眼

病等の平癒にこの法を修する。

昔から、仏としても神としても、国民一般に厚く信仰され、今でも山中の孤村までにも点々と祭られているほどである。中でも、特に「日

本三妙見」が有名である。それは、秩父の大星神社(現在の秩父神社)、周防の氷上山星の宮、それに武州武蔵国百村の妙見尊(当

山)である。

(武州武蔵国百村の妙見様について)

 当山(天台宗神王山観音院妙見寺)の縁起によると、淳仁天皇(四十七代)の天平宝字4年(西暦760年)に新羅軍が九州に侵略し

てきた。道忠禅師は、天皇の勅命を奉じて、伏敵の祈りを七日七夜にわたり「尊星王の秘法」(今の星供の法)を修した。

満願の夜、妙見菩薩が青龍に乗って現れ(今もその現れた所に化石のようになった大樹がある)たという。同年7月23日に国難が消滅

し、天皇は大変お喜びになり、国主・当麻眞人村継に命じて一宮を建立させたのが当山の開基で、そこに、道忠禅師の自刻の妙見像

を安置した。その後、鳥羽院(七十四代)の天永3年(1112年)に、時の領主が妙見寺を別当と定めたのが妙見寺の開祖である。

妙見宮の開基は、比叡山延暦寺より約三十年も古く、高野山金剛峰寺より約六十年早い。

実に顕著なご利益は、当時、上下満天下の信仰の的となった。


源頼光朝臣は、霊夢に感じて武蔵百村の山上に宝殿・聖天堂・滝蔵堂・経蔵・鐘楼等を建立した。また、源頼朝公は平家追討を祈って

成就され、霊験に感じて武蔵・相模両国の家人に命じて、寺院塔堂の大修理を行った。


さらに、幕末の忠臣、維新の功臣であって明治天皇のご信任の篤かった山岡鉄太郎(山岡鉄舟)は、毎月の月参を怠ったことはなく、

当山中に玉川石を使って黙想祈念の檀場を作った。また、「北辰妙見菩薩」の旗幟二流れに署名を残し、その信仰の深厚さを今に残

している。

(蛇より行事)

 前記したように、妙見菩薩が青龍に乗って現れたことを儀式に取り入れたのが「蛇より行事」である。その始まりは、寛

文2年(1662年)の春、諸国に疫病が流行した折である。疫病退散・厄除け・雨乞い・五穀豊穣・萬福如意吉祥を祈願

して毎年8月7日に行われている。途中、行事を行わなかった年があったそうだが、村内に病人が多く出たので、その年も

急遽、行事を行ったということである。

行事の進行であるが、北辰妙見尊の言い伝えに関係する、北斗七星(七曜星)になぞらえた7人の村人が、妙見寺門前に並

び、僧侶からお札をいただく。その後、妙見宮の茅場で茅を刈り出し、妙見山の二十三夜塔のある広場に運び上げ、一握り

の束に丸める。その数は、刈り取った茅の量にもよるが200〜300束にもなる。丸められた束は、午後からの蛇つくり

まで、広場一面に広げられて天日干しされる。

午後3時ごろより、奉賛会の会員が多数集まって、蛇をよる足場を組み、蛇の胴の首の部分から、3人の編み手が呼吸を合

わせて、天日干しされた茅の束を、注連縄を編む要領で編んでいく。なかなか力が要る作業で、交代交代で編んでいく。

その長さは、100m〜200mの長さ(茅の量により変わる)となる。一方、広場の片隅では、蛇頭が編まれている。

蛇頭は、上顎(2本の横に7本を通して編む)・下顎(2本の横に5本を通し編む)・舌(3本で編む)・角2個をあわせ

て作る。

胴体が完成すると、参拝者全員の手で担がれて、妙見尊のある山上へと続く石段の参道に横に這わせていく。長いときは、

山上の妙見宮の社殿を1周したと言うが、今回は、石段を登りきった所で終っていた。

二十三夜塔の前に据えられた蛇頭と胴体は合体され、事前から修法を行っている僧侶により、蛇頭への御神酒でのお清めと

開眼供養が行われ行事は終了となる。

                              妙見寺の「蛇より行事」の案内より転記、一部追加

                                                       

<NIA取材記>

 いつものことだが、どの文化財を撮影するかは1週間前に決定する。ネットで今回取材する文化財の内容を調査して、撮影のポイン

トは何かを探る。この方法で、撮り忘れたものはないのが幸いだ。

「蛇より行事」のポイントは、
神仏混淆にある。僧侶によって儀式が行われる、きわめて希少価値のある、珍しい行事であることが評

価され、平成四年に東京都指定の民俗文化財(風俗慣習部門)になった。

鎌倉幕府の源頼朝、天皇家、楠木正成、大内義興、豊臣秀吉、徳川家、早稲田大学の大隈重信など妙見尊の信仰の後がみえる。

山岡鉄舟は、この北辰妙見宮境内に、玉川石を使って黙想祈念の檀場を作り、毎月参拝したと言う。

私は信仰には疎いが、妙見尊の信仰は、日本人の心に深く根ざしたものがあったんだなと、資料を調査していく中で感じ

た。

(追記)実は、この撮影と取材は2006年8月7日に行った。ほぼ二年前である。まだこのようなものが10本以上はある

だろう。とにかく「どげんか、せんと、いかん」と思っている。
                                                            
2008年8月16日記す 理事長 

蛇の胴は三人で編み上げる 僧侶が神事を行う(神仏混淆) 参拝者全員で胴体を担ぎ上げる
〒216-0003 神奈川県川崎市宮前区有馬 6-8-14  第1すみれハイツ201  TEL&FAX 044-853-3839
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取材日:2006年8月3日

動画は Windows Media Player でご覧いただけます

動画と音声は、自動的にスタートしますが、容量が大きいので30秒程の時間

が必要です。先に下の文化財内容説明をご覧ください。

公開日時は、変更になることがありますので

事前に確認されてお出かけ下さい。