鳳凰の舞1 神輿に付けられた鳳凰 鳳凰の舞2

<無形民俗文化財情報>

<名称>鳳凰の舞(ほうおうのまい)

<種別及び指定日> 国選択無形民俗文化財(選択日1973年11月5日)

         東京都指定無形民俗文化財(指定日1953年11月3日)

<所有者・管理者>鳳凰の舞保存会

<問合せ先> 日の出町役場 TEL 042-597-0511

<出版物>「鳳凰の舞」鳳凰の舞保存会発行300円 写真入り本文33p B5版 ご購入は、日の出町役場にお問い合せ下さい。

   

<公開情報>

<公開日>9月29日前後の土日(土曜は宵宮、日曜が本祭)

<公開地>〒190-0182 東京都西多摩郡日の出町大字平井、春日神社(かすがじんじゃ)境内

<公開時間> 午前11時頃

<交 通>JR五日市線武蔵五日市駅からバス「中宿」下車、徒歩5分、または、JR五日市線引田駅から徒歩15分

<駐車場>春日神社付近に臨時の無料駐車場(15台程度)がある。

<食 事>弁当持参が良策

<温 泉>調査中

<宿 泊>調査中



<鳳凰の舞の内容説明>

 
春日神社のすぐ前を多摩川の上流「平井川」が流れる緑豊かな日の出町は、卒塔婆の生産や日本一の棺桶の産地としても知られ

ている。「鳳凰の舞」は、この町の最東部にある下平井地区に古くから伝わる民俗芸能である。

この舞については、はっきりとした記録が残っていないので、その由来等はつまびらかではないが、古老の言い伝えによると京都から

伝わったものであるらしい。

確証は無いが、京よりこの地に落ちのびてきた公家が村人に教えたとも、村人が京見物に行き教わってきたとも言われている。

この舞は、明治年間、旱魃のときや悪疫流行の祭に行われていたが、ほぼ30年間も忘れ去られたように舞うときもなく過ぎた。

昭和のはじめ、村の古老達が、この舞をこのまま廃絶するのは惜しいものがあると、村の青年達に教え「鳳凰の舞」の再興がなった。

先に述べたが、この舞は、元来、雨乞いの行事の舞であって、旱魃で農作物が枯死に瀕した時、この舞を舞って天に祈ったことは事実

で昭和元年と昭和22年の2回、雨乞いを行った記録がある。この地域の人は、近時は会社員が多くなり専業農家が極端に少ないが、以

前はほとんどが農家であり夏の旱魃は生活の脅威であったので、雨乞いも必死であった。

特に昭和元年の時は、祈りが届いたのか、この舞の最中に突然大雨が降ってきた。

今日では、毎年9月29日に近い土日に、春日神社の秋季祭礼に奉納している。昭和元年頃のこの舞の再興当時は、冠り物も衣裳もな

かった。

この地域は養蚕業が盛んであったので、養蚕に使用する蚕の産卵紙で鳳凰の羽をつくり、それを頭にのせて舞った。

その後、木で鳳凰の頸と頭をつくり羽はボール紙を使用したが、雨に弱いため昭和33年に現在の金属製のものとなった。

衣裳は昭和40年に現在のものに作り替えた。

「鳳凰の舞」は、「奴の舞」と「鳳凰の舞」の2庭から成り立っている。祭礼当日、子供達が山車を曳いて町を練り歩き祭りが始まる。山車

の上ではおかめひょっとこが可笑しく舞い、笛や太鼓が賑やかに囃したてながら山車が春日神社の境内に入ると「奴の舞」が始まる。「

奴の舞」を演ずるのは12〜3歳の少年達である。

赤い襦袢に大人と同じ柄の短い単衣を着て、友禅染の三尺帯をたれ結びに、とき色の鉢巻を前に結んで、赤い襷をかけ草鞋ばき、顔

は鼻筋に1本白く白粉を塗り、両ほほには紅をつけて、右手に白扇、左手には角鍔のついた木刀を持って舞う。

場の中央には大太鼓が置いてあり、囃子方の「祇園囃子」のお囃子にのって奴が1人づつ順々に舞いながら出てきて、大太鼓を中心に

円陣をつくる。

奴全員が出て来たらお囃子は止み、奴全員が大太鼓に向かってしゃがむ。これから一人一人が各自の受け持ちの台詞を言う。

「えっへん 昔、むかし、その昔、禁裏の御所のお慶び、鳳凰の舞を奉る。まことに目出とう 候らいける。ほほ敬って申す。」

これは、必ず最初の奴が言う。以下、各台詞のはじめは「えっへん」とわざとらしく咳払いし、台詞が終わると必ず「ほほ敬って申す」とい

う言葉をつける。(2人目以降の台詞の掲載は省略する。詳細は書籍「鳳凰の舞」を参照されたし)

「奴の舞」が終わると「鳳凰の舞」が始まる。鳳凰の冠り物をつけたものが5人(内1人は小太鼓を、他4人は太鼓の撥を持つ)、頭巾をつ

けた者が5人(内1人は軍配を、他の4人はささらを持つ)の計10人が活発な舞をはじめる。

                                                       (「鳳凰の舞」より一部抜粋)


<NIA取材記>

   春日神社は、小さな神社である。しかし、祭礼の日は、遠くからでも祭り囃子の笛や太鼓の音が聞えてきて活気にあふれてい

る。

回りは田んぼがあり、稲穂が黄色に色付き、刈り取りを待っている。その農道を利用した臨時駐車場に車をとめ撮影を開始した。

軽トラックの荷台を臨時の花車にし、町内に響けとばかり叩かれる太鼓や笛のリズムは調子よく、中で踊るオカメやヒョットコの踊り

も大変上手で祭りにひきこまれる思いがした。

本番の鳳凰の舞い、その前の奴の舞い、この舞を舞う人、囃子連等みな若者が多く上手である。

古老の指導のもと、若者がその持ち場でしっかりと責任を果たしているのが読み取れた。

奴の舞を踊る小学生達も、しっかり長い台詞を覚えていて、観客の拍手が鳴止まなかった。
                                                                           理事長 


奴の舞1 奴の舞2 奴の舞3
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取材日:2005年10月2日

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