御幣懸(おんべいがかり) 花懸(はながかり) 三拍子(さんびょうし)

<無形民俗文化財情報>

<名称>高水山古式獅子舞(たかみずさんこしきししまい)

<種別及び指定日> 青梅市指定無形民俗文化財(指定日1967年11月3日)

<所有者・管理者>高水山古式獅子舞保存会

<問合せ先> 郷土博物館 TEL:0428−23−6859

        青梅市観光協会 TEL:0428−24−2481

         高水山常福院龍学寺 TEL:0428−74−6433


<公開情報>

<公開日>4月第2土曜日

<公開地>高水山常福院龍学寺(東京都青梅市成木7丁目1192、高水山の麓)の境内

<公開時間>お尋ね下さい

<交 通>都営バス「上成木」 から 徒歩 5 分

<駐車場>路上駐車可能



<公開日>4月第2日曜日

<公開地>高水山常福院不動尊(東京都青梅市成木、高水山の山頂)の境内

<公開時間>9:00頃〜16:00頃

<交 通>JR青梅線戦畑駅から徒歩120分、または、都営バス「上成木」から 徒歩 で60 分

<車>高水山常福院龍学寺のすぐ横に消防団の白い倉庫(高水山入り口の案内札あり)があるので、そこから山道を登って行く。

   途中まで舗装がされているが、山頂近くになるに従って悪路となる。途中にヘリコプターの臨時駐機場があるが高水山常福院不

   動尊の駐車場まで半分の距離である。ひたすら上へ登っていき終点が高水山常福院不動尊の駐車場となっている。

<駐車場>高水山常福院不動尊に無料駐車場(40台程度)がある

<温 泉>奥多摩温泉「もえぎの湯」、東京都西多摩郡奥多摩町氷川119−1、TEL0428−82−7770


高水山と高水山不動尊について

 高水山(たかみずやま)は、岩茸石山、惣岳山とともに「高水三山」と呼ばれ、奥多摩入門の登山道が整備されている。土曜や日曜と

もなるとハイカー達で賑わいをみせる。JR青梅線の「戦畑駅」で降りて、高水山、岩茸石山、惣岳山の三山を4時間〜5時間かけて

イキングし「御嶽駅」から帰路につくという、1994年6月には皇太子ご夫妻も登山された人気のコースである。

その高水山山頂近くに「高水山常福院龍学寺」の住職が別当を務める「高水山常福院不動尊」がある。

「高水山縁起」によれば、智證大師という僧が武州多摩郡日原に大日如来を本尊とする窟を開いていたが、東の方の山頂にいつも紫

雲がたなびき光が輝いた。大師は不思議に思って光を尋ねて山道をよじ登りながら中腹まで着た時、たくさんの山神が出てきて怒りを

露にして行く手をさえぎったが、大師の御徳に感服し障魔は退いて仏法守護の神となった。

やっとの思いで到達した山頂は、古木や大樹が生い茂ってはいるが平地であった。周りには、白糸の滝、五段の滝、精進ヶ滝、舛ヶ滝

4ヶ所の滝があり、後には四十八の滝が確認された。高山にこのようなたくさんの流水があることより「高水山(たかみじやま)」と名づ

けられた。

 大師は明王の霊地である事を知り、尊像を安置することを誓うと明王が姿を現した。その姿は、大師が仁壽3年に唐に渡るとき海が大

荒れで生死が危うく目を閉じて不動尊を念じたところ、明王が船の舳に立って利剣で逆らう波を切り払うお姿と同じであった。

大師はとても歓喜して、自ら2尺ほどの尊像を彫り安置した。このことから、この明王を「波切白不動明王」と称する。

一般の不動明王は剣先は上であるが、「波切白不動明王」は剣先は下であり、荒波を切り開き乗り越えていくという意味合いがある。

その後、秩父荘司の畠山重忠が、高水山の麓の常盤に逗留したとき、「波切白不動明王」に帰依し勝利を得ること数度あった。

益々信仰厚くなり建久年中に諸堂を建立する。それ以来、霊験あらたかなお不動さんとして貴賎問わず参る人が後をたたなかったとい

う。数百年後の元應2年8月に山火のため、これら諸堂は皆消失したが、不思議なことに尊像は御堂の坤の方向の嶽へ飛んでいた。

このところを奥の院とし愛宕権現、大天狗小天狗の祠が祀られている。

天明年間に不動堂を再建し、今日まで表参道、裏参道に歩みを運ぶ者は絶え間がなく、霊験日々新たにして諸願満足は元より不思議

な事が多いという。往時は女人禁制であったが今日では老若男女の参詣で賑わう。

高水山古式獅子舞について

高水山の獅子舞は、江戸中期(1768年)に奥多摩の大丹波から獅子舞師匠を招き習い始めたとされる。およそ30年後の1795年に

秘伝巻物が伝授され免許皆伝となった。この獅子舞は、後年、ここ成木から隣接する名栗へと伝えられたが3者は同一ではなく、各所

に差異がみられる。ここでは、その差異を論ずることは差し控えたい。

高水山の獅子舞は、龍頭一人立ち三匹獅子舞である。雄獅子2匹、雌獅子1匹之組み合わせで舞い、順に大太夫(たゆう)、小太夫(

こだゆう)、女獅子(めじし)と呼ぶ。また各獅子は、日・月・星の三光、あるいは佛・法・僧の意味とされる。大太夫は黄金頭でねじれ角

、小太夫は黒頭で直角、女獅子は赤頭で角はない。さて大太夫と小太夫の角であるが、2匹とも左右の角が生える角度が異なるのは

注目に値する。
この獅子舞は、国家泰平、五穀豊穣、悪魔退散などを目的に舞われる。

余談ながら、獅子頭は日本の木材の中で最も軽い桐材でつくられ、内側には人の頭の大きさに合う竹カゴが取り付けてある。日本タオ

ルで顎で固定するが、それだけでは不安定であり、前後のゆれを固定するために頭から出ている紐を腰帯に結びつけて安定させる。

演目等について

演目は6庭からなる。この6庭が始まる前に、全ての役者(獅子舞を演じる者をこう呼ぶ)や、ささら、笛などの関係者が、不動尊のお堂

の周りを右回りに3週する「宮巡り」がある。1週ごとに無事に獅子舞が奉納できますようにと祈願をし、3週目は、獅子は狂い(舞うこ

とを言う)を始める。この「ぶっそろえ」で各獅子頭をつけているのは、御幣懸を演じる3人の役者である。

第1庭 御幣懸(おんべいがかり)

「宮巡り」に引き続きすぐに舞われる。

3匹の獅子がお宮詣でに行くと、お宮の前に何か光るものが落ちているのを雌獅子が見つけ怪しみ恐れて見ていた。小太夫が恐る

近寄って見ると、御幣であった。小太夫と大太夫が代表して参る争いをし、最後には大太夫
が3匹を代表して御幣に3度お辞儀をし

て悪魔退散の祈願をするという舞である。

この庭だけ、大太夫は黄色、小太夫は紫、女獅子は赤の布に御幣を包み、腰に十文字につけて狂う。

この庭の獅子を舞う人たちは、役者としては最古参(16年から18年目)の人達である。

高水山の獅子舞は「出世獅子」と呼ばれ、役者は毎年違った獅子頭で狂う。

各庭には、鉄棒の錫を持った2人の「つゆはらい」が先頭を歩む。この人達が新参の役者である。

役者になって1年目は花懸の雌獅子を、2年目は花懸の小太夫、3年目は花懸の大太夫4年目は三拍子の雌獅子を、5年目は

三拍子
小太夫を、6年目は三拍子大太夫をといった順で出世していく。

露払い花懸(1.2.3年)⇒三拍子(4.5.6年)⇒竿懸(7.8.9年)⇒雌獅子隠(10・11・12年)⇒太刀懸(13.14.15年)⇒御幣

懸(16.17.18年)⇒太刀使い(19.20年)


役者を勤め上げるには最低でも20年はかかり、一度入ったら抜けられない厳しい伝承が行われている。

第2庭 花懸(はながかり)

この庭の役者は、役者になって1・2・3年目の人達である。従って、古参の役者2名がヒョットコの面などを被って、植木の小鉢などを

太鼓の変わりに叩いて舞を誘導する。


3匹の獅子が揃って花見に出かけ、牡丹の花の美しさに酔い、花を散らさんばかりに舞い遊ぶというのがこの庭の内容である。肩越し

に花を見る動作もあり、花に心を奪われている様子を表現している。また、花笠はただササラを擦るだけではなく、体を回転させ頭上の

牡丹の造花に風をあて音が出るようにしている。

どの庭にも花笠4人がつくが、この庭では小学1〜2年の児童がその役を勤めた。

第3庭 三拍子(さんびょうし)

若い3匹の獅子が舞い遊び、遊び疲れて眠ってしまう。目が覚めるとまた元気に拍子をそろえて舞い遊ぶと言う舞である。個々の獅子

の見せ場はないが、3匹が調子を合わせて踊るところに意義がある。この庭に限って、太古のバチを頭上で叩く「バチ打ち」という動作

がある。また眠るときには3匹固まって腰を下ろして舞う。このときは花笠も腰を下ろして獅子を包む。この庭での花笠は、獅子を中心

に右回りに廻り、後ろ向きに歩んだりする動作をする。この庭では獅子舞唄が3つ(他は1つ)歌われる。

第4庭 竿懸(さおがかり)

この舞には、長い竿が使われる。その竿は道をふさぐ大きな倒木を意味する。3匹は向こう側に行くのに困り相談する。まず、雌獅子

が様子を見に行き、2度3度大木にかかるうちに、向こう側にくぐり抜けることが出来た。雌獅子の誘導により小太夫が向こうにくぐり抜

け、最後に大太夫が大木を取り除き、3匹が肩を並べて仲良く舞い遊ぶ様を狂う。

第5庭 雌獅子隠(めじしがくし)

この舞は、どこの獅子舞にも必ずある演目である。内容は、雌獅子と小太夫が恋仲になり、大太夫に見つからないように隠れてしまう。

雌獅子と小太夫がいないのに気づいた大太夫は濃霧の中を必死に探し回り、やっと雌獅子と小太夫の隠れ場所を見つけ、小太夫に

見つからないように
雌獅子に恋を告げ引き裂こうとする。雌獅子は小太夫に未練を残しつつも大太夫に連れ去られ、今度は雌獅子と

大太夫
が隠れてしまう。雌獅子がいないのに気づいた小太夫は落胆し濃霧の中を探し回りやっと雌獅子を見つけて元気を取り戻す。

このような獅子達の心的描写を笛と舞により見事に描写する。

最後は、小太夫と大太夫は大喧嘩となってしまう。そこで、雌獅子が仲裁に入りめでたく収まるという舞である。

最も長い演目で70分を要する。

第6庭 太刀懸(たちがかり)


この舞は悪魔退散を祈る舞で、真剣を使うので「白刃の舞」とも言う。

小太夫と大太夫が太刀使いの持つ刀を欲しがり、何度も何度も懇願し、最後は太刀をもらってお互いに喜び勇んで見せ合うと言う舞で

ある
雌獅子は花笠に囲まれ太鼓を叩くだけで太刀には懸からない。この庭は雌獅子懸の次に長い演目で60分かかる。

太刀持ちが、手ぬぐいと椿の花をもって舞うものから始まり、真剣を抜いて踊る場面の前には、舞庭に塩が撒かれ清められる。

最大の見せ場は、獅子の「追い返し」で頭上すれすれ刀を振りぬき、獅子の頭髪を意味する鳥羽根を刀で切り落とすいう演技である。

最後にすれ違ったとき1本の羽を5cmほど切り落とすのが名人芸と言われ、これが迫力を増す一助となっている。

今回は小太夫の羽が切れたとのことであった。

花笠について

祀りに女性は忌み嫌われ、女装した男子がササラ摺りを行うのが常道であったが、少子化もあって男女にこだわっていないようで、高

水山も同様である。花笠の衣装は、山上での4月の舞であるので気温が低いせいもあってか、厚手の黒を基調とした振袖の裾に牡丹

の花を染め抜き、白足袋、ぞうり履きである。花笠の水引幕は赤で桔梗の紋が白く染め抜かれているが、この紋は衣装の振り袖の紋と

も一致している。

獅子舞唄について

獅子舞唄は、庭の内容を歌うのではなく、舞に味をつける演出の1つと考えられる。各庭に3つずつ歌われたが、三拍子以外は1つとな

った。
ここにはその全て18唄を掲載する。

(1)これの御門へ来ててみれば たたみ築地で建てた門かな  <御幣懸で唄う>

(2)この寺は飛騨のたくみが建てたげで 楔一つで四方固めた

(3)武蔵野に月の入るべき山もなし 尾花隠れに曳けや横雲

続古今和歌集に「武蔵野は月の入るべき峯もなし 尾花が末にかかる白雲」という歌がある。この歌から本歌取りしたと思われる。

(4)これのお庭に来て見れば 黄金小草が足にからまる  <花懸で唄う>

(5)水ゆえに奥の朽れ木が流れ来て 今はよしない志もつまの橋

(6)志もつまの橋にかくるも縁でそろ 後に残りしうらき恋しや

(7)これのお庭の牡丹の枝を 一枝たおめて腰を休めろ   <三拍子で唄う>

(8)磯村の宿の娘に目がくれて 居るにゃ居られずいざや立たいな  <三拍子で唄う>

(9)これの古木が実をもちて 黄金あしだで壺をながめる  <三拍子で唄う>

(10)廻れや車廻れや車 早く廻りて関に止るな  <竿懸で唄う>

(11)これの館の殿様は 今が盛りとうちみえて 黄金あしだで壺をながめる

(12)我が国で雨が降るげで雲が立つ お暇申していざや友達  <雌獅子隠で唄う>

(13)思ひもかけぬ朝霧が降りて そこで女獅子が隠されたよな

(14)天竺のあいそめ川のはたにこそ しゅくせ結びの神たたれたよ 真のしゅくせの神ならば 女獅子男獅子を結び合せろ

(15)八つ連れが尾鰭揃いで行く時は さても館は名所なるもの

(16)この獅子は悪魔を払ふ獅子なれば あまり狂ふて角なもがすな  <太刀懸で唄う>

(17)これのお堀へ来て見れば さても見事な鯉の八つ連れ

(18)日は暮るる道の女笹に露がいる お暇申していざや友達


<NIA取材記>

高水山はハイキングコースにもなっていて、登山のコース説明のホームページはたくさんあるが、車で高水山不動尊へ行く案内を見

つけることはできなかった。登山のコースの出発は「軍畑(いくさばたけ)駅」になっているので、そこに行けばどうにかなるさと思って

行ってみた。あれ〜、駅があるべきところに駅がない。山間部の狭い道路で路肩もない。やっとユーターンする場所を見つけてゆっく

り戻ってみた。上の方に橋みたいなものが道路を横切っている。あれは線路だと勝手に判断してあたりを見回したら、あった、軍畑駅

の矢印。小高い山の方へ指している。何だ、駅は上の方にあったのか! 

ところで、軍畑(いくさばたけ)駅とは、変わった駅名であるが、戦国時代この地方を支配した三田氏と、八王子付近一帯を支配した滝

山城主北条氏の戦いの舞台となった事が地名の由来とされている。

駅舎のすぐ横にお店があったので高水山不動尊へ行く道を尋ねた。

成木の方から行けば不動尊のすぐ下まで車で行けるとの事。松ノ木トンネルを通りT字路を左折し、二股の別れを左(県202号)に行

くと常福院があった。そこで高水山不動尊への道を尋ねた。

常福院のすぐ近くに消防団の白い建物があり、その横に高水山不動尊への山道が山頂の方へ延びている。途中までは舗装された

道であったが、山頂に近づくにつれて悪路に化し、不動尊の駐車場についた頃には車は泥だらけとなった。

駐車場は、獅子舞関係者の車でいっぱいであるので、一般の者は駐車場入り口の広場が当てられていた。不動尊はそもすぐ上だ

が、急な登りで、撮影機材の運び上げには息が切れた。

ところで、獅子舞や祭礼に必要な道具は車で麓から運び上げているが、大切な獅子頭等は3つの木箱に納め、3人が麓から背負っ

て1時間近くもかけて山道を担ぎ揚げている。その光景を見たが、私も着いたばかりでカメラは回せなかったのは残念である。

昨年度は霧が出て何も見えなかったということであった。雌獅子隠には最高の演出になったであろうが、見えないなら意味がないな。

今年は、桜、桃、ツツジの花が一緒に咲いたということで、こんなことはめったに無いと言うことであった。

獅子舞は、不動尊の祭礼の日に奉納される。宵宮では麓の常福院で奉納されるが、やはり本宮の不動尊の方が気合が入っていて

良いとのカメラマン諸氏の評であった。

参詣者にも甘酒が振舞われ、いよいよ獅子舞が始まった。6庭、4時間にものぼる狂いには、獅子舞の本流を見たような気がする。

獅子の動作はとても面白く、笛方の調子もよく、花笠は年少者でも厚手の着物をちゃんと着て頑張っている姿は好感がもてた。

最後の太刀懸は真剣を用いての狂いである。他所にも真剣を用いるものもあるが、真剣と言っても刃を落としているものが多い中、こ

こ高水山は刃つきの真剣であって、獅子を切る場面もあり危険度はとても高い。私も真剣でものを切った経験があるが、真剣はちょ

っとでも触ると切れるので注意がいる。ただ、獅子が太刀使いから真剣をもらい、剣を銜えて見せ合う場面があるが、獅子でなく、役

者が銜えて狂うのは違和感があった。真剣であり、かなり接近しての舞であるので、役者が銜えたほうが安全なのかも知れない。

           さくら咲き 邪を切る音や 古式舞                                理事長 2009.6.17
 

竿懸(さおがかり) 雌獅子隠(めじしがくし) 太刀懸(たちがかり)
〒216-0003 神奈川県川崎市宮前区有馬 6-8-14  第1すみれハイツ201  TEL&FAX 044-853-3839
無断転載を禁じます
取材日:2009年4月12日

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動画と音声は、自動的にスタートしますが、容量が大きいので30秒程の時間

が必要です。先に下の文化財内容説明をご覧ください。

公開日時は、変更になることがありますので

事前に確認されてお出かけ下さい。