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取材日:2006年4月2日
花車と神輿がすれ違う 八幡神社拝殿 花車の中のお囃子連

<無形民俗文化財情報>

<名称>川村囃子(岸)

<種別及び指定日> 山北町指定無形民俗文化財(指定日1975年7月17日)

<所有者・管理者> 川村囃岸保存会

<問合せ先> 山北町観光協会 TEL 0465-75 -2717 

<出版物>調査中

<公開情報>

<公開日>毎年4月第1週の日曜日

<公開地>八幡神社(神奈川県足柄上郡山北町岸1900番地)の例大祭の移動する花車中でお囃子が公開される。

<公開時間>八幡神社で午前7時から神事があり午前9時に同神社を花車2台が出発し途中で3台となる。

町内をくまなく廻り午後5時55分に八幡神社に帰ってくる(宮入する)。この間、花車中より川村囃子が絶え間なく聞こえてくる。

<交  通>JR御殿場線 山北駅より徒歩20分

<車の場合>東名高速「大井松田IC」より国道246号を御殿場方面へ8km。

<駐車場>八幡神社近くに10台程度であるが臨時無料駐車場がある。

<食  事>弁当持参が良策である

<温  泉>山北町立中川温泉「ぶなの湯」(山北町中川645−8 Tel 0465-78-3090)がある。

<宿  泊>調査中


<川村囃子の内容説明>

 
岸に伝わる川村囃子は、江戸祭り囃子の系統であり、江戸中期より前に小田原の多古の白山神社の祭り囃子として取り入れられ

た。

それが、相模川以西の各地の祭礼に取り入れられるようになり、江戸末期に多古より当地(岸)の八幡神社の祭礼にも取り入れられた

のである。相模川以西においては僅かの囃子しか残っておらず貴重な民俗資料となっている。

川村囃子は、祭り囃子であるので神社祭礼と一体化した中で演ぜられる。

祭礼は御輿と花車(かしゃ)が町中を練り歩く。どちらも午前7時より八幡神社の本殿前で神事があり、午前8時に御輿は白貫・白足袋

の若者30人ほどの手で担がれ雄々しく町中に繰り出す。

道順は次の通りである。

八幡神社→岩流瀬(浜降祭)→湯坂→日向→湯坂→越地→南原→三菱ガス化学(株)→斑目→柑橘果工(株)→原耕地→東レ・ダウコ

ーニング(株)→宿→越地(東)→宮入(17時15分)

一方、花車(かしゃ)は御輿より1時間遅れて午前9時に2台が繰り出し、途中で1台が合流し3台が連なって春たけなわの山北の町を

曳かれて行く。

道順は次の通りである。

八幡神社→高齢者いきいきセンター→湯坂→日向→湯坂→越地→南原→三菱ガス化学(株)→斑目→柑橘果工(株)→原耕地→東レ

・ダウコーニング(株)→宿→越地(西)→宮入(17時55分)

囃子は、大太鼓3、小太鼓12、摺鉦3、横笛3で構成されている。囃子は「囃子」「昇殿」「神田囃子(神田丸)」「鎌倉」「四丁目」の5つの

曲目からなり、独特の風格を持っている。

<八幡神社の由来等>

 平安末期、河村城主の河村秀高公が城内に武運の神「八幡宮」として奉遷されたものが始まりと伝えられる。南北朝争乱期の1353

年、足利尊氏により川村城が攻められ落城したため、岸岩戸日月宮の社地に遷り、この地に八幡神社が奉造された。明治21年(188

8年)の全国社寺統合令により「村社八幡神社」となった。

八幡神社には、応神天皇、菅原道真、倉稲魂命、素戔鳴命、大己貴命、等の十の神々が祀られている。

国家並びに郷土の平和と穏健、五穀豊穣を祈り、学問教養を高め情緒豊かに、諸難悉く排除し地域が平和にして発展し人々が幸せに

暮らせるように神々の尊い心と祈り教えが込められた神々である。

日月宮に遷された八幡神社は1847年に火災にあい、社殿や書類等すべて消失した。拝殿は1854年に、本殿は1869年に奉造され

た。本殿には龍の彫刻や中国の社の守護神の四神(青龍、朱雀、白虎、玄武)の彫刻がある。近郷の名彫刻師尾崎音次郎の作である

花車(かしゃ)三台ともに彫刻が素晴らしい。音次郎の作か?

鳥居をくぐるとすぐ傍に見るものを圧巻する「獅子落とし」の石造が1対ある。子育ての教訓を参拝者に具現する。名彫刻師武井五郎の

作である。

子供が生まれれば健やかに育つようにお参りしたり、祭礼には地域を巻き込んで盛大に祭典が挙行され、神社と氏子との密接な関係

が保たれている。



<NIA取材記>

川村囃子の撮影は、平成18年4月2日に行った。情報が少なく何時から始まるのかも不明であった。道に迷いながらもやっと岸の

八幡神社にたどり着いたのは9時に近かった。

9時には花車の宮出しだそうだ。撮影準備して神社に急いだ。今まさに宮出しの最中だった。花車は大勢の人々により曳かれてゆく。

春たけなわの4月、遅咲きの梅や桜が満開の中、花車(かしゃ)は三台連らって曳かれてゆく。あたりの山野に溶け込んだ風景に、川

村囃子の名調子も彩りをつけて心を和ませてくれる。

ただ1ヶ所、御輿と花車がすれ違うS字にカーブした坂道がある。この部分の映像は、祭りに参加する人々のにこやかな表情がよく表

れていて私の好きなカットである。

花車(かしゃ)とは、山車に大きな花笠をつけたもの。昔は、この花車に乗って太鼓を叩くことが男の子たちの憧れであったそうであ

る。昭和30年代の高度経済成長の煽りを受けて、祭りの担い手であった青年団が消滅し、囃子もない寂しい祭が続いた。

その後、全国的な郷土芸能の再興運動もあってか囃子は戻ったが、少子高齢化の波がここにも押し寄せ、囃子をやる男子が少な

い。昭和49年ごろ、仕方なく「女子にも囃子を」と練習させたが古老の反対もあって実現しなかった。

時代は移り、花車に乗ることも、花車を曳くこともできなかった女子達が、今では祭りの大半を担っている。

例大祭では、男の子も女の子も太鼓を叩く、沢山の母親達も花車を曳く姿が見られ、祭りに彩りを与えている。

ただ残念だったのは、午後からの雨が本降りとなり撮影を中止せざるを得なかったことである。

しかし、宮入については大雨の中で撮影を強行した。かえって迫力ある映像に仕上がったのかも知れない。         理事長


町内の細道を行く花車 道祖神(日向) 3台の花車は春の路を曳かれていく
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