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取材日:2005年9月11日
曽我の夜討ち踊り1 曽我の夜討ち踊り2 曽我の夜討ち踊り3

<無形民俗文化財情報>

<名称>忠臣蔵踊り及び曽我の夜討ち踊り

<種別及び指定日> 神奈川県選択無形民俗文化財(選択日1991年2月3日)

             南足柄市指定無形民俗文化財(指定日1974年12月18日)

<所有者・管理者>内山剣舞踊り保存会

<問合せ先> 南足柄市役所商工観光課 TEL 0465-74-2111 

<出版物>調査中


   

<公開情報その1>

<公開日> 9月第2日曜、「足柄峠笛まつり」のとき公開、正午ごろ、雨天中止

<公開地>神奈川県南足柄市足柄峠、足柄峠広場屋外ステージ

<交  通>伊豆箱根鉄道大雄山線大雄山駅よりバス地蔵堂終点で万葉公園行きバスに乗り換え万葉公園で下車、徒歩5分


      当日は、大雄山駅より臨時バスが出る。30分以内で着く。

<車の場合>東名高速「大井松田IC」より足柄大橋を渡り地蔵堂方面へ40分


<駐車場>足柄峠広場臨時駐車場に60台ほど駐車可能

<食  事>山の中です。出店はあるが弁当持参が良策である。豚汁、お茶の無料奉仕あり

<温  泉>調査中

<宿  泊>調査中


<公開情報その2>

<公開日> 11月第1日曜、南足柄市民文化祭芸能大会で公開、雨天実施

<公開地>神奈川県南足柄市 南足柄市文化会館

<交  通>伊豆箱根鉄道大雄山線大雄山駅下車、徒歩5分


<車の場合>東名高速「大井松田IC」より足柄大橋方面へ

<駐車場>南足柄市文化会館駐車場に駐車可能


<食  事>大雄山駅付近で可能

<宿  泊>調査中



<内山剣舞踊りの内容説明>

 
内山の踊りは、明治30年代に当時地方回りの芸達者といわれた歌舞伎役者「坂東新蔵一座」がこの地に居住していました。

その一座に東京より歌舞伎役者「市川延十郎」が加わりました。この「市川延十郎」に、宿の当時9歳であった「鈴木モヨ」さんが「曽我

の夜討ち踊り」と「忠臣蔵踊り」の二題を直接手ほどきを受けたのが最初と言われています。

その後、踊りは村の若い衆により踊り継がれ、ことある毎に地域の人達に親しみと慰安を与え、内山の名芸能といわれていました。昭

和初期になると社会変動と共に踊る人手も少なくなり途絶えてしまい、いつしか忘れ去られてしまいました。

昭和48年(1973年)に入り地元有志や自治会役員の皆さんより、郷土に眠っている芸能の掘り起こしが出来ないものかとの声が高

まりました。

幸いにも昔踊られた老婦人(80歳以上)が5名も健在でしたので、早速お願いをしたところ、後世に残るものならと引き受けてくださリ

昔を思い起こし、一生懸命に練習を重ねていただき、やっとの思いで歌と踊りを復活していただきました。

                                                (内山剣舞踊り保存会創立三十周年記念文より転記)


●曽我の夜討ち踊り

(十郎)それ今日の世の太平記

(五郎)忠義、堅牢、武平閣

(十郎)その番匠を見習うて

(五郎)飛騨の匠の御番匠

(十郎)カラスが鵜のまね口まねも

(五郎)恐れ庵に木工が

(十郎)三家の将の福は内

(五郎)一家は系、まいだれの

(十郎)色も赤沢、山形屋

(五郎)工藤といえるオイランを

(十郎)殺すと云うも里言葉

(五郎)故意に上下のいつづけも

(十郎)二人かむろの近江と八幡

(五郎)待ちもうけたる床柱

(十郎)とは直職のねたましく

(五郎)父の仇には共に天井の板の数

(十郎)歳月待ったる恨みのねたま

(五郎)出で踏み破ってくれべえか

(十郎)こうりゃ心のあらし、事において、ただ何事もかんなかんなと笑うてや

(五郎)兄貴やいつでも長えなぁ

(十郎)手斧初めや狩ぐらの

(五郎)約束済みがねその時は

(十郎)仇の首も見えた隙

(二人で)見えとは幸い五月闇、寿曽我の対面と。ホホー、敬って申す。

以上が前向上です。これより歌(掲載を省略します)と踊りが始まります。

                                                   
(内山剣舞踊り保存会提供資料転記)



●忠臣蔵踊り

 
頃は元禄十四年

 月は変われど日は同じ

 空も師走の十四日

 卍巴と降る雪を

 天の与えと勇み立ち

 段だら衿の火事羽織

 錏の頭巾に身を固め

 山よ川よの合い言葉

 吉良の屋敷の裏表

 難なく開く鉄の門

 寝耳に水の陣太鼓

 轟く呼び声時の声

 女、童には目をかけず

 刃向こう敵を斬り払い

 難なく探す炭部屋の

 仇師直の首をあげ

 主の御墓に手向けつつ

 形を改め手をついて

 三年以前の御怨み

 今こそ晴らし奉る

 やがて臣らも御供と

 掟のもとに腹切らせ

 人の涙や泉岳寺

 常盤の松や万寿山

 同じ御山の墓の土

 骨は尽きても名は残る

 香の煙や松の露

 未だ絶え間はなかりけり

 実に千代忠義の誉れ

 欽慕、欽慕、欽慕、愉快じゃ活発じゃ

以上が忠臣蔵踊りの歌詞です。

                                                   
(内山剣舞踊り保存会提供資料転記)



<NIA取材記>

 「内山の剣舞踊り」は、2005年9月11日「足柄峠笛まつり」時に撮影しました。二人が一組となっての踊りです。最初はこの剣舞踊り

の文化的な価値がわかりませんでしたが、歌詞を理解した上で踊りを見ますと、とても興味深いものがあります。

「曽我の夜討ち踊り」にもある最後の歌詞の「欽慕、欽慕、欽慕、愉快じゃ活発じゃ」は、とても面白い表現だと思いました。内山剣舞

踊り保存会のご発展を祈ります

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